僕たちがやりました(僕やり) 最終回の感想!ラストの原作との違いは?

   

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僕たちがやりました(僕やり)の最終回となりました。

僕やりについての視聴率や評判は様々ですが、この夏ドラマで原作どおり、一番攻めているなぁと感じていたので、

最終回のラストシーンがどうなったか気になっていたのです。

録画していた最終回を送ればセながら視聴。ラストの原作との違いについて考えてみました。

最終回のあらすじ・ネタバレ・感想です

 

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僕たちがやりました 最終回 あらすじ

 
・僕たちがやりました 最終回 ざっくりあらすじ

・僕たちがやりました、音楽祭で自分たちの罪を告白しようとしたが、顔を隠した輪島の部下たちに捕まってしまう。

・今回の行動にキレた輪島が、パイセンを手にかけようとしたのだった。マルらは逃げていく。しかしトビオは逃げなかった。そしてパイセンが逆切れ。本当に義理の弟を刺してしまう。アレだけ罪から逃げようとしてたのに、犯罪を犯してしまったのでした。

・警察ではトビオら3人はパイセンに脅された犯行だったと発表されていた。またもや輪島がイタズラ動画にも手を回し、もみ消されたのだった。

・飯室(三浦翔平)のところへ菜摘先生が。菜摘先生は、飯室へ封筒を渡す。

・もみ消されて愕然としていたトビオ。ある日、トビオは学校の屋上で、先月のヤバ高校の爆弾と同じものをセットした!と叫んでいた。
逃げる生徒たち。しかし、トビオの爆弾はガラスが割れる程度の爆弾だった。ガラスが割れた後、テレビ中継もされている中、屋上で今までの罪を告白するトビオ。逃げてたこと、クズで市橋に嘘ついていたコト。俺たちがやったんだ、たのむから捕まえてくれと言うトビオ。テレビの中継を見ていたイサミやマルも、部屋を飛び出していくのでした。

・トビオが警察に連れていかれた後、マルやイサミも出頭し、希望どおりに有罪となることに。菜摘先輩が渡した封筒は、犯人隠匿をした証拠とお金だった。それでも人は変われるのだと、ナツミ先生も罪に問われることを覚悟で渡したのだった。
それを受け輪島の弁護士も逮捕へ。つぎは輪島だと飯室は言い捨てていくのでした。

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十年後のネタバレは下にまとめました。

僕たちがやりました最終回の感想

ここから感想です。

原作も読んでいますが、罪を犯した4人が結局罪を償えるのか?という所が、大きく違っていました。

ソコソコでいいという思い、つらい気持ちに蓋をしていたモノが一気に噴出。
「頼むから俺を罰してくれ!」という窪田正孝さんの演技は原作にはない圧巻のシーンでした。

あと、10年後のマル。めっちゃかっこよくなってる。
キノコ頭と全然違って、こっちのほうが良いですが、相変わらずパイセンのお金を使ってお店を開店させたところとか、気まずいことは黙っている性格は相変わらず。

原作にない菜摘ちゃん先生は、4人のイタズラがもみ消されないようにするための、オリジナルキャラだったのですね。
結局どうなったかというと、

そして10年後。
トビオは過去の事件が噂になって、バイトを転々とする日々。そんなところにパイセンから連絡が。

10年ぶりに4人は集合。

伊佐美は子供が2人。マルはキャバクラのオーナー。パイセンは出所後、芸人になるという。

・あんた人を〇ロしておいて何を考えているのか?と問うトビオ。
「でも生きてるんだからしょうがないやろ」というパイセン。
俺は、「たまに〇にたくなる自分がいる」と告白するトビオ。それが生きてる証拠やというパイセンにトビオは涙を流すのでした。

・もうそこそこの人生には戻れない。そう思いながらトビオがあるいていたら、蓮子と再会。蓮子は妊娠中だったことを祝福し、じゃあと別れる2人。蓮子は振り向いて「よかった生きてて。頑張ったね」と言うのでした。

・そのまま歩いていくと、市橋が。「もう楽になれ・・・裏切り者が」とナイフを渡され、トビオは喉に突き刺そうとする。…がこれはトビオの幻想だった。おれは生き続けなきゃと立ち上がり歩いていくのでした。

生きていって罪を償う・・・という、まっとうな感じで終了。
原作のラストとは違うオリジナルなエンドでした。

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ラストの原作との違いは?

ということで、10年後のエンドが原作と違っていたので、ざっくりまとめてみたいと思います。
というか大きな違いが1つ。

・原作は、10年後も「パイセンが義弟を手にかけた件」以外は罪に問われていない
・ドラマは、菜摘先生の告発で、トビオ・イサミ・マルは罰を受けている

市橋にナイフを渡されて自分の喉元に突き刺そうとするシーンは、原作もドラマも共通でした。
これで、10年後のトビオと市橋の2人のシーンもちょっと意味が違ってきますね。

個人的な解釈になりますが、

罪を償っていない場合のトビオは、市橋にナイフを渡されてやっと終わりにできる!という気持ちが強いと思います。この瞬間がついに来た!と言ったネジが飛んでる印象。一方の罪を償っているドラマのトビオは、罪を償ったあとそれでも幻想を見る現実があるわけです。一生犯した罪は消えないという印象になりました。

原作のラストも相当エグイのですが、そこまでではなかった。
僕たちがやりましたの原作結末とラストのオチの意味は?考察してみた

あと、細かいですが、トビオとマルの職業が違っていました。

トビオは、原作では普通の社会人。マルは水販売の(ネットワークビジネス?)にでした。
罪を償ったことでそこで分岐点が出来たのは、なるほど~と思いましたね。

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